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サブカルチャー評論/レビュー/日常

『俺の彼女と幼馴染が修羅場すぎる』第5話のフレームを通した出会いの演出

 新ヒロインの登場で物語が動き出してきた第5話。今回は「サッシ」「アーケード」として登場してきた境界線(フレーム)に「下駄箱」「手すり」が参戦!!本格的に演出の串として機能してる感が出てきましたね。


流動的になった主人公と幼馴染の関係

 まずは状況を整理しましょう。第1,2話3話4話を通して不動の象徴である幼馴染関係に流動性が生まれたことがわかります。この関係は今回の部活シーンにおいて、幼馴染が主人公の側へ椅子を寄せる動きをする事で的確に演出されています。別のシーン、幼馴染が雨宿りしているパン屋のルーフ(もちろんこれもフレーム)を飛び出して雨に打たれる演出もそれ。お前ら動き出し過ぎやろ


3人の等価な関係

 3人の関係は当初、主人公にメインヒロインという彼女ができることによってバランスが崩壊していました。しかし第4話に至るまでの物語を経て、彼らの関係は3人という空間において等価なものまでバランスを取り戻しました。もちろん、ステージを上げて。この関係も第5話の看病シーンがシンメトリックなレイアウトで描写されることにより暗示されています。つまり第5話の一つの目的は、揺れ動きながらもバランスの取れた3人の関係を説明し直す、というものです。


新ヒロイン登場-下駄箱とラブレターによる感情の方向性-

 はい3人の空間終わり!と突然告げるのがラブレター。バランス?なにそれ美味しいの?と嘲笑うかのように颯爽と登場する新ヒロイン。ラブコメはこうでなくっちゃ。
 第5話の始まりは主人公の下駄箱にラブレターが入っているシーンから始まります。ラブレターは感情そのもの。ここでの注目ポイントはどの向きからカメラがラブレターを撮っているかです。時間経過に合わせて二回送られてくるラブレターは①主人公側から下駄箱を覗いたアングル②下駄箱の中からラブレター越しに主人公を見るアングルの順で撮られます。これは①主人公がラブレター(感情)に気付き②ラブレター(感情)が強調され、①→②の順番で映すことにより感情の方向性を決定付けます。そして新ヒロインと出会うラストシーンへと続く。物語の流れに沿って、感情の方向性をカメラアングルにより演出しているわけですね。あ、もちろん下駄箱=フレームです。
 そしてそのラストシーン。僕が一番ドキッとしたのがここなんです!主人公は呼び出されたテラスへと階段を登って向かいます。そして登り終えようとした時に、テラスの手すり越しに新ヒロインを見るわけですよ!そのカットを主人公の主観→手すり越しの主人公→ヒロインのアップという順番で映す美しさ!夕景の甘美さ!たまらんっすな!!あ、もちろん手すり=フレームです。


まとめ
・3人の関係性が終わりが告げる
・登場人物が増え、分析が面倒くさくなる
 いいよ、やってやろうじゃないの。受けて立つぞ俺修羅よ。とはいえフレームという概念を導入することにより演出の分析がかなり容易になっていることはお分かりいただけましたでしょうかね?もちろん切り口、解釈は人それぞれ。楽しんで俺修羅を見ようではありませんか。俺修羅はこんなに面白いし、僕はこんなに楽しんで見ていますよ!