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鑑賞後に主題が頭の中で戦い始める映画『別離』


『別離』公式サイト

 劇場を後にしてまでも、その作品のことを考えてしまう。そのような作品のことを「傑作」と呼ぶ。『別離』はまさしく傑作。それも巧妙に仕掛けられた傑作である。
 何が『別離』を傑作にしているのかと言われれば、それは「脚本術」だと言える。文化的背景と人間心理を巧妙に織り上げていったドラマツルギーに目を見張り、心奪われ、観客は絶妙なフラストレーションを抱えたまま劇場を後にする。イラン映画である本作はその「イラン」という言葉に関心が行きがちだが、それはあくまでスパイスであって本質はこの脚本にある。
 カメラワークは短調で、微細な手振れが残っている。カメラマンがカメラを抱えて撮影に臨んでいる姿が想像できる。また画面構成も平坦で、俯瞰、あおり、ロング、アップといった大胆な手法が無い。もちろん派手な爆発シーンや殺人なども起きないし、さらに言えばBGMすら付いてない。ここまで言うと「お前この映画嫌いなの?」と言われるかもしれない。否定しよう。僕はこの映画が大好きである。
 本来演出とはドラマを見せるための手法である。本作はその大原則に則り、映像を構築していったに過ぎない。大仰な演出など必要ないのである。それだけ脚本に絶対的な自信があったのだろう。
 アカデミー賞、ゴールデングローブ賞で外国語作品賞を受賞。ベルリン国際映画祭で映画祭史上初の主要3部門〈金熊賞&銀熊賞(男優賞・女優賞)〉を独占受賞。90冠以上の映画賞を授与されている。多くの視点に晒されても腐ることのないこの映画の力強さが客観的に証明された。果たしてこの映画を見ない手があるだろうか?